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堺市(さかいし)は、近畿地方の中部、大阪府の中南部に位置する市である。

大阪府では人口・面積が第2の都市である。2006年4月1日に、日本で15番目、近畿地方では4番目、大阪府でも大阪市に次いで2番目の政令指定都市に移行した。

昼間人口より夜間人口の方が多いために、大阪市のベッドタウンと位置づけられている。

石器時代

現在の堺市域に人が定住したのは古く旧石器時代とされる。市内各地の遺跡からは旧石器時代の打製石器や縄文時代の土器・石器、弥生時代の銅鐸・土器などが発掘されている。また、浜寺の四ツ池遺跡は池上・曽根遺跡(和泉市・泉大津市)と並ぶ弥生時代の集落遺跡で、堺市域では最大規模を誇る(浜寺中学校造成と第二阪和国道敷設工事のため遺跡としての形はとどめていない)。1989年には国の史跡に指定された。このほか、石津川流域の下田町や鶴田町でも、竪穴住居跡を中心とする集落や土器・金属器などが出土している。

古墳時代(大和王権の重要地)

古墳時代には、泉北丘陵を中心に須恵器の生産が行われた。生産は奈良時代を経て平安時代まで続いた。泉北ニュータウン周辺や信太山丘陵にかけて須恵器の釜跡などの遺跡が点在しており、「陶器」「釜室」などの地名が現在も残る。ヤマト王権成立後は大仙陵古墳など大小100数基の百舌鳥古墳群が造られた。
神功皇后が三韓征伐からの帰途、七道の浜に寄り、地元の豪族の田蓑宿禰に津守氏の姓を与え、住吉三神を祀るように告げたという(住吉大社の起源)。

飛鳥時代(難波大道と交通網)

飛鳥時代になると、難波宮・難波京や難波津から四天王寺を経て上町台地を南北に貫く難波大道と、飛鳥の都と方違神社を東西に結ぶ丹比道(竹内街道の前身)、大津道(長尾街道の前身)が整備される。奈良時代から室町時代にかけて、これらの街道沿いの大保(丹南)や金岡・日置荘周辺には河内鋳物師と呼ばれる人たちが多く住んでおり、東大寺再興や鎌倉大仏の鋳造などで活躍した。

平安時代・鎌倉時代(堺北荘と堺南荘)

平安時代には熊野詣の宿として境王子と大鳥居王子が設置された。鎌倉時代には京都、奈良など後背都市の産業を背景に南北の堺荘が成立。堺北荘は摂津国に、堺南荘は和泉国に属した。

南北朝時代(南朝と勘合貿易)

南北朝時代には、南朝(吉野朝廷)方の住吉大社宮司の津守氏に関係して南朝の外港的役割を担うようになり、廻船が発着する港へと発展した。地下請の特権を得て、室町時代には足利将軍家や三管領の細川氏などが行った日明貿易(勘合貿易)の拠点となる。戦国時代には明やルソン・カンボジアなど東南アジア方面での貿易で栄えた。

戦国時代(東洋のベニス)

布教のため来日していたイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラは、その著書『耶蘇会士日本通信』のなかで、「堺の町は甚だ広大にして大なる商人多数あり。この町はベニス市の如く執政官によりて治めらる」と書いた。この文章によって、堺の様子は『東洋のベニス』として、当時の世界地図に掲載されるほどヨーロッパ世界に認識されることとなる。ヴィレラの後継宣教師であるルイス・フロイスもまた、その著書『日本史』のなかで堺を「東洋のベニス」と記している。

安土桃山時代(自治都市)

安土桃山時代には貿易港としての地位を揺るぎないものとし、戦乱から町を守るため周囲に堀を巡らせた環濠都市を形成する。会合衆(えごうしゅう)と呼ばれる商人たちが自治的な都市運営を行い、摂津国住吉郡の平野と共に中世の自治都市となるが、織田信長、豊臣秀吉らの前に屈服。都市機能が解体され、彼らの支配下(直轄地)に置かれる。その後、秀吉が大坂城を築き、城下町が開発されるに伴い堺商人の多くが大坂へ強制移住させられた。このため、堺の都市機能は著しく低下した。同様に全国各地の城下町にも堺商人が移り住むようになる。また、この頃から鉄砲生産も盛んに行われるようになった。

江戸時代(近世都市の源)

江戸時代には堺奉行が置かれ、糸割符など保護を受けるが、鎖国の成立とともに経済の中心は大坂へ移り、管轄も大坂町奉行が兼任する。1704年には大和川の付け替え工事が行われ、陸続きであった堺と住吉が分断された。しかも、この開削により河口付近に多量の土砂がたまったため、堺港に大きな船が停泊できなくなった。これにより、港湾機能も縮小せざるを得なくなった。

しかし、中世の自由都市堺と、江戸初期の堺の財力は莫大なものがあり、それが後世の日本に与えた影響は莫大である。中世の日本において一貫して大都市といえるのは京都だけであり、当時陸運の便利がよい京都に商人が集中していた。一方で堺は積極的に海運のため、全国の主に海岸の中小都市に莫大な投資を行った。その当時既に繁栄していた博多、鹿児島、大分などはともかく、それ以外の全国の多くの都市について、その発展の基礎部分に中世の堺商人の投資が大きな影響を与えているともいえ、それは大阪、名古屋、東京なども例外ではない。

江戸時代後期からそれ以降(工業都市)

江戸時代でも後期に入ると、醸造業などが栄えた影響で再度活気を取り戻すようになる。堺商人は次第に建物に贅を凝らすようになり、「京の着倒れ・大坂の杭(食い)倒れ」とともに「堺の建て倒れ」と呼ばれるほど、町には立派な屋敷が立ち並んだ。

幕末になり、欧米列強が大坂の開港を要求すると、大坂が京都に近いことを理由に堺がその代港候補に挙がる。だが幕府内の勤皇派は、堺周辺には古墳が多いため、堺を開港地にすると外国人が無断で古墳に出入りする可能性があると指摘。そのため、第二候補であった兵庫(神戸)が開港地に選ばれた。この結果、堺は中世以来の国際貿易港への復帰の道を閉ざされ、その座を神戸に明け渡すことになった。明治以降は、紡績や煉瓦産業を中心に次第に工業都市へと変貌を遂げていき、阪神工業地帯の一角を占める経済的地盤を作り上げていく。

なお、堺市の町名には「○丁目」の「目」がつかない。1872年の町名改正で、改正前までは独立していた小さな町を「○○東一丁」や「○○西一丁」などに変更し、「丁」に「町」と同格の意味合いを持たせたことに由来する。以後、周辺の町村を合併し市域に編入したが、町を細分する場合も前例に倣い「丁目」を使わず、美原区を除く市内全域が「丁」で統一されている。

年表

  • 5世紀 大仙陵古墳(仁徳天皇陵)が造られる。
  • 5世紀 ヤマト王権が茅淳県・大鳥県を設置する。
  • 613年 竹内街道が開通。
  • 704年 行基が生家を家原寺とする。
  • 713年 河内国から摂津国が分離する。
  • 757年 河内国の大鳥郡・和泉郡・日根郡が独立、和泉国ができる。
  • 934年 紀貫之の『土佐日記』に「いしづ(石津)」の表記がみられる。
  • 1054年 藤原定頼の歌集に「さか井」の名が現れる。
  • 1231年 小谷城が築城される。
  • 1336年 堺北荘が住吉神社(現・住吉大社)領となる。
  • 1337年 大魚夜市が始まる。
  • 1338年 北畠顕家が足利軍と戦い石津で戦死。
  • 1399年 応永の乱で幕府軍が堺城を攻め大内義弘が戦死。
  • 1476年 第1回遣明船が堺港から出発する。
  • 1502年 金魚が明から堺へ輸入される。
  • 1543年 堺で鉄砲生産が始まる。
  • 1550年 フランシスコ・ザビエルが堺を訪れる。
  • 1568年 織田信長が軍用金2万貫を課す。会合衆は拒否するが攻撃され屈服。
  • 1570年 織田信長が松井友閑を堺政所に任命(堺奉行の前身)。
  • 1586年 石田三成が堺政所になる。
  • 1588年 豊臣秀吉が南北の堀を埋めさせる。
  • 1591年 豊臣秀吉により堺へ追放された千利休が自害。
  • 1596年 慶長の大地震で600人以上が死亡。
  • 1604年 堺商人が糸割符年寄に任ぜられ、朱印船貿易が許される。
  • 1615年 大坂夏の陣で堺の町が壊滅する。
  • 1615年 元和の町割りにより、堺の町が碁盤の目に区画整理される。
  • 1615年 江戸幕府の直轄地となり堺奉行が置かれる。
  • 1684年 堺最初の地誌『堺鑑』が刊行される。
  • 1696年 堺奉行が廃止され、大坂町奉行の管轄になる。
  • 1702年 堺奉行が再び置かれる。
  • 1704年 大和川が付け替えられる。
  • 1854年 安政の大地震で堺港が打撃を受ける。
  • 1863年 天誅組が堺港に上陸する。
  • 1867年 堺奉行が廃止され、大坂町奉行が堺を管轄。
  • 1868年 堺事件が起きる。
  • 1868年 堺県を設置する。
  • 1870年 鹿児島藩が日本の近代紡績工場第1号となる戎島紡績所を開設。
  • 1870年 工部省が鉄道寮堺煉瓦製造所を設立(日本で最初の煉瓦工場)




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